lunedì 19 maggio 2008

欧州 米国 日本の三角関係

キッシンジャーの種まき と Renato Ruggiero の苦悩 

ある日TVの画面にはよく現れる Renato Ruggiero の顔が映っていた。「ん?」立ち止まった、何かいつもと違う、、イタリアでは見慣れたレナート ルッジエロのどちらかと言うとベビーフェイスが歪んで困ってべそをかき.もう少しで泣き出しそう 気の毒で、何が起きたのか 立ち止まってテレビを凝視した。その時 脇で私を見ていた人がいたら 驚いただろう、きっと私の顔はTVをじっとみつめたまま蒼白になっていたに違いない。

Giallo ストリーを書くつもりでは無かったのですが、、ちかくなってしまいそう。話は簡単な事(?)で、湾岸論争盛んなおりキッシンジャーがイタリアにやって来て Milano のイタリアミラノ商工会主催で講演をした。キッシンジャーは講演後の記者会見で「ヨーロッパと米国の本来の姿はその血のつながりだ、何の血の繋がりや関係もない者が欧州の中でビジネス繁殖するのは間違っている、、云々」まるで欧州を日本と米国が取り合っている様な、まあ彼の言いそうな事、、ちょっと話す場所をミスったようだ。それ以前に「欧州統一後の市場を日本が独り占めするのは正しいのか?」の表現がメデイアに現れていた。私がTVを見たのは記者会見中にルジエロの番が来た時で「キッシンジャー氏の意見は私には納得出来ない部分もあるし、、言いたい意向は理解出来るが、」等々非常に苦労しながら絞り出す様に意見を発表していた、その時の顔がアップされてTVニュースに映っていたに過ぎない。ルジエロは大使として冷戦時代を主要都市に派遣され外交や経済大臣を経験したベテラン、よほど苦しかったに違いない。彼のいつも日本との経済交流歓迎論に慣れていた私には気の毒をとうり越して、、内心「もういいんですよ、あなたの気持ちは分かっているから、自分の事を考えて、自由に、」(後彼はWTOやビルダーバーグ会議、キッシンジャー組織に参加)

湾岸戦争後アメリカは自分が戦争( WWII )に参加しナチスから欧州を解放したと再宣伝し始め、欧州各国では米国に感謝する行事が半強制的に開催された。(本音は欧州各国には有り難迷惑な行事だったし、青年達から国はそんなパレードに金をかけるなら若者の雇用拡大に使って欲しいと恨まれていた)。この時ノルマンデー上陸等の戦争映画が多く制作される。又戦後米国が独りで欧州をマーシャルプランで助けたと強調(仏や伊、各国は恩着せがましいのを我慢して感謝行事に出席)。そして米国人の血の繋がり探し、要するにルーツ探し(白人米国人の祖先は勿論欧州出身者がすぐ見つかる)や欧州にいる同姓の人探し(特に仏の小都市では米国人と同じ姓の仏人が歓迎合流パーテイ等を開く)などが流行っていた。この頃はコロンブスのアメリカ発見やメイフラワー号船の映画も増えた。そして今は有色人種の欧州追い出し法(キッシンジャーが企んだ様に日本人は気がつけば黄色人種だった)有色人種移民管理厳格化に黄色人種も巻き込む技。

あの時のキッシンジャーの種まきが花を咲かせたのだろうか?、、しかし世の中は「過ぎたるは及ばざるが如し」と言う事実があちこちの工作からチラチラ透けて見え始めている。