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domenica 1 gennaio 2012

SEGNO NEL CIELO  山の上の雲


Buon  Anno  e  Felice  2012 !!
 迎春


雲の上から新年の2012年がこの地球の上に住んでいる生命

全てに良い年で、もう少し 幸せな年になる様にお祈りしました.....






天の川  雪のアルプス越え






雲の上に飛んできたら あれれ? 幸せの印か? 






虹の輪の中に?






イスタンブールからパリに帰る飛行機で生まれて初めて見た不思議な現象


自分が乗ってる飛行機が(丸い虹の中)雲に投影されて


びっくり何て象徴的なイマージン !! これを見た時に きっと  


きっと 現状から這い出て何とか過酷な状態から脱皮出来る


と、少しづつ少しづつ、微かな希望が湧いて来ました。

                 
                                    

        皆に良い年、よい春が来ます様に......

giovedì 28 aprile 2011

NIPPON GANBATTE 日本がんばって

GANBARE  NIPPON


私が今暮らしているシラクサから32kmにあるNOTOと言う人口2万4千の小さい村にドライブにいった、バロック様式、リベルティー様式のバルコニーアートで有名な村。


Arte Balcone di NOTO
















しかし、村の広場には、、そこで見たのはじゃーん  !!! この彫刻。 








(東日本大震災のニュースは深く長くイタリア人の心中に伝わっています、インスタレーションのあった時に彫刻家Paolo Torriが彫ったのだそうです。私が答えるのもおかしいけど、日本の人が誰も見てないといけないので、代わりに、、、) 


ありがとう !!!

 

lunedì 14 febbraio 2011

SAN VALENTINO 愛と恋と好きなチョコレート

パリを歩くとチョコレート屋があちこちにあるのに改めてびっくり。

フランス人は歯医者に行く人の率はどうなってのかな〜? 私の歯医者はお父さんがシチリアの出なのでイタリア語が上手で助かる、丁寧で歯科技術は抜群。


いつもの散歩路 Rue Vavin を通りすぎるとJean Paul Hevin のチョコレートショップ、今年のサン ヴァレンタインデーのウインドーは あれれ〜靴までチョコレート ! !


『 シンデレラ〜  忘れ物ここにあったよ〜 !!! 』






大人味のチョコレートが多い、今年もハートがいっぱい 70%以上のカカオが健康







幸せな恋に巡りあう事を〜 愛がいっぱいで幸せになるのを 祈ります 


好きな人と事がふえるように〜 何処に ?? 
 





ここに そこに あそこに 世界中 どこにも !!!

domenica 14 febbraio 2010

SAN VALENTINO   バレンタインデーはチョコレートで


         これは何でしょう ???


      ヒントはバレンタイン デーに欠かせないもの ??


               じゃじゃ〜ん 



             ??????


  では もっと大きくしましょう、ハイ わかりますか ???





 
          ん〜 ??? まだ〜 ??


別のヒント !!!!  お菓子屋さんやケーキコーナーに売ってるけど ??






この工具類は MODICAの名産カカオで作ったチョコレートなのだ !!


AVOLAのアーモンド入りチョコで I love you !!  Love me !!って ききめあるのかな ?


これはオルテイージャのケーキ屋さんのウインドウで〜す ホント !!

giovedì 24 dicembre 2009

ETNA E FUJISAN   エトナ と 富士山

B U O N E  F E S T E !!    B U O N  N A T A L E !!

ETNA   ANNEVATO


今年2009年のクスマスイブ24日はエトナ山の上空を飛びました、とても奇麗なのであわてて携帯でシャカッ。頂上の雪を見ながら何故か富士山によく似てるので「あれー」と思い、おまけにこぶがあるのまで同じなので驚き。ちなみにエトナは高さ3340メートルあり、これも噴火の状況で変化するとかで、こうなると高さまで似てます、ただエトナは今も火を噴いている最中のすごい噴火山です。昔私の住んでいた町のイタリア人主治医がエトナに登山にいってあまりにも噴火口に近過ぎ溶岩をあびて死亡した事があり、当時あきれるやら、と同時に噴火ってほんとうに怖いんだなーと感じました。

ORTIGIA の星


これはシチリアのオルテイジャ島の夕焼けです、、とても美しいクリスマス

今年も皆様にとって良いクリスマスで家族と楽しくお友達と仲良くプレゼント交換して下さい、イタリア式に「クリスマスは家族と一緒に」そして「お正月や復活祭は好きな様に」とよく言われていますが、、

では " NATALE CON I TUOI " でいきましょうか、、

もともと無宗教な私にはもう好きな法王はいないので宗教的な儀式には興味が湧きません。心の中で GIOVANNI PAOLO II に話しかける事にしようと思います。 

venerdì 31 luglio 2009

Giapponesi di domani  明日 の 日本人

ASHITA NO NIHONJIN
これからの日本人には少しずつ様々な人種が混合した民族が参加して行く。
世界各国で育ちその国の言葉と日本語を話す日本人のハーフも増えている。
少し神経質だが賢く可愛いい子供や美しい人達が沢山いて見ていてたのもしく勇気が出てくる。パリの日本語補習校には週一回の授業があるが、この学校には金髪で青い目の日本人とのハーフの子供達も日本語を勉強している。もっとも生みの親である日本人の母親は「本当に私の子供かうたぐっちゃうわ、、アハハ」とか冗談を言ったりしてる、、現地校に通う子供が日本語を習うのに通う、このタイプの補習校は世界中にある。

イタリアのMilanoにある日本語補習校はハーフの子供達の方が日本から駐在等で来ている日本人学校の子供達より多くなったようで、現在160人になると言う。

「ユダヤ人と日本人」「 ebreo e giapponese 」

日本人はユダヤ人への差別が皆無なので私の親戚を含めて沢山の日本女性が世界中でユダヤ人と結婚している。別れているカップルも知っているが,世界中には非常に多数の夫婦がいる。必然的に二世の子供にはユダヤ系と日本人のハーフも多い。

これから勢力をさらに拡大する野望があるユダヤの方針が良い悪いは別にして、今では地球上に透明ユダヤ帝国を構築する偉業を成し遂げた。世界中にちらばるユダヤ人は日本人と違い連帯感が強くお互いに助け合い横の繋がりも強い、更にシナゴーグそして各自専門職協会組織(ユダヤ系政治家、ユダヤ金融業者、ユダヤ系企業、弁護士、医師、学者、芸術家、教授、商店、各専門家等々きりなくある)の協力をお互いに得られる気が遠くなるような広大な範囲の膨大な情報網でもある。これに反して日本人は国外で連帯できない点が国力の弱さに影響してしまっている、ましてユダヤ系の強さとは月とスッポンである。唯一の共通項と言えるのは現代において無宗教のユダヤ系も多くなっているので、日本人にとって(個人的な細部を別にすれば)彼らと一緒に仕事し易い、と言えるのが確かな事である。

サイト等ソフトパワーに広がる彼らユダヤ系の巨大勢力とネットワーク情報力、その狡猾な知恵の数々、例えば、数年前Ariel Sharon元首相をサイトで探索していた時に彼が突然倒れて危篤になった、その後暫くしてSharon Stoneがイスラエルを訪問し病気の首相の方はサイトで探しても女優の方がぞくぞく出てきて困った事があり、このあまりにも上手な工作術に感心してしまった。河豚計画 ( FUGU PLAN ) もサイトで探すとApple のソフトプログラムFugu Planが出てきてなかなか本命にたどり着けないようになっている、過去に日本人がユダヤ人を救った歴史を広く知られたくないのだろうか、、この様にあまりにも敏速な操作に舌を巻いた思い出がいくつもある。

最近は世界のmediaが彼らの手中に収められているのが直に感じ取れるが、それより恐ろしいのは、一部のユダヤ上部組織が考案してる気配、長い歴史の差別の元祖ユダヤを日本人にすり替えてスケープゴートにしようとするのではと疑ぐりたくなる。小さい細工から始まり、長い年月をかけて ゾーッ、怖いホントに怖い、これを防ぐには世界中に優秀な日系人の植え込み増加作戦しかない。

世界にいる日本女性が日本の武器では? 
友達の口癖の中に「住んでるから言うわけじゃないけどカナダ人で悪人は珍しいのよ」大いにけっこう、「頑丈なカナダとのハーフを生んで下され」そしたら最近「ブラジル人の恋人が出来たのー」との事、随分ちぁうなあ ! 仏語ぺらぺらなのにポルトガル語を習い始め将来は大学教授を退職したらポルトガルで老後を暮らす計画とか、これも結構、若い日本人女性は世界に飛び跳ねるのがあっている。
日系二世の人達はほとんどがバイリンガル又トライリンガルなかには4ヶ語堪能な人もいる。

日本国が二重国籍容認さえすれば下記の人は日本人と言える。
南部陽一郎(ノーベル賞米国人受賞者)
  Roxana Saberi(米国のジャーナリスト、イランと日本のハーフ)
                
この人達の大きな願いは出来たら日本人でいたいと思う、しかし国際的にと大声で言うわりにはちっとも国際的になれない日本政府はこの人達の願いをもぎ取ってしまった。(1980年代に狭い視野しかない政治家達の一方的な判断で日本国籍法が改正されハーフの子供達の日本国籍は奪われてしまった)

今日それがどうゆう大影響を日本に与えているか、、日本の政治家達はさっぱり気がつかないでいる。
日本の政治を強くする秘訣はこれ !!

日本の為にこの地球上のあちこちから行動し、発言し何か書いてくれる人達、日本を愛し支援出来る大切な地球上の可能性の層を失ったのだ。日本の政治外交の弱く哀れなさま、その視野の狭さ、国際社会からのけ者になっていくのを彼ら世界中にちらばる日系人が援護して助けられる、それが解っていない。日本に帰ってくる日系人が全てではない、もっと多くの日系人達が世界中に住んでいる。このままでは日本は物言えぬ国であり続けるのがはっきりしている。今何で日本が世界の中で静かで何も動かず話さず、誰も発信しなくなったか、、少しずつ劣って来た日本の国際情勢に、何かが狂っていたと、、やっと気がつき出した、、

もう時間が無い、中華系の2世3世の人達はどんどん現地で増加して大人になって来ている、、日本の失われた20年、この間にダンボールに入ってヨーロッパにやって来た中国人は子供を生んでその赤ちゃんはそこの国の人となっている。これがどう言う意味を持つか、、現地で生まれているので18歳になれば正常な国民としての選挙権を持っている、、、中国は世界中でこの作戦方法を使っている。欧州がこれに気がついたのが遅過ぎた、、もはや想像外の大人数の中国人であふれている、そこで規制に乗り出した、今そのとばっちりが日本人にも降りかかって来ている。

今年の七夕へのお願いの一つ 短冊に書いたのは、、
「日本の明日のために日本政府が早く二重国籍容認する様に」
イタリア、フランスそして日本の混合児は地球中に存在している。日本が二重国籍容認さえすれば、日本の希望でもあるこの子供達は将来日本人としても意見を発表出来る、それどころか日本の為になる良い運動をしてくれるかも知れない、でも大きくなって日本が自分を拒否したと知れば、何となく日本の味方にはならないかも、、、

日本政府はみすみす自分の国際的な巨大な可能性を自分から摘み取っているのに気がついてない 、、狭い卑近な事(例えば朝鮮,中国を怖がっているが、これらの国々は例外としてもおかしくないし、又日本国籍だけでない方が安全な気がする、犯罪を犯した人達は即日本国籍を剥奪してもう一つの国籍の国に追放すればすむ)小さい事に気を取られてもっと遠い高い視点から大きな視野で見る事が出来ないでいる。

ある人は「戦争が起きた時」と言う、たとえ日本が馬鹿な戦争を又する時があったり(あれだけの苦しみを味わった事を忘れて又戦争をするとは信じられないが)巻き込まれた時は法の補足規定を適応する方法を探せばよいし、何か起きた時点で適切な方法を取れば良いのでは。しかし戦争をしないと言う国体の元で戦争が起きたらと言う前提を出しこの国籍法を話すのは矛盾している。

銀河のかなたの織り姫と彦星、お星様へのお願い、、、日本の国に自分で考える子供、自分から意見を大声で主張出来、誇りを持った,暖かくて、外人にも思いやりある子供が育つように、地球上に沢山の日系人が増える様に。

早く国際世界に足並み揃えて、一緒に歩けるように七夕様お願いしますね

martedì 6 gennaio 2009

RAGAZZA DI GAZA    ガザの乙女へ

  Requiem per la ragazza di Gaza

 すぐ後ろの治療室に入る事もなく床の上に寝かされた幼女の姿、看護夫が咽元を押さえ脈の反応を調べ血に汚れたポニーテールの頭を左右に動かしてみる、反応が無いと確認してそのまま打ち捨てていく。死んだ少女は独りで横たわっている、彼女を誰も助ける事が出来なかった、卑劣な大人達の犠牲になって又幼い子供達が殺されていく、、何年も、何十年も、何百年も、何千年もくりかえす人間の蛮行、、、

GAZAの小女へ、、



愚かな大人達は見事に出来上がった工作図を見ながら計算をしている、そうもう少し味方の死体が必要と判断し、ロケット弾を命中させる様に細工する、仲間の血を使ういつもの手で、そこで又虐げられた民族の哀悼劇が始まる、この死人達には御利益が多いので世界中から同情があつまる、大きな戦の始まりだろうか、、、そして時が流れ何時か立場が逆転したら、、その時恐怖と共に思い起して今日の日を、、もう遅いその時は助けてくれる人は残っていないかも、、何故です、、何故、、同じ道を辿る用意をするのですか、、半世紀以前に経験した事なのに、、どこかがおかしいと思った事はないのですか、、世の人々は国を持つ資格を問い始めるでしょう、、慣れないからと世界は待ってくれた、、でももう憶えなければいけない時です、、 そうコントロールの力は強い賢いでも時間は待ってくれない、、急いで銃を捨てて、、他にしなければならない事が沢山あるでしょう、、計算は終りにして、、、新しい世造りが待ってます、、急がないと、

エルファラのサイトより、ガザの現実。
http://www.elfarra.org/gallery/gaza.htm#

忘れられたGAZAの乙女へ、、あなたのために泣いている人たちが大勢いる事を天使に伝えましょう、、けっして無駄に死んだのでは無い事を、、、 弱い私達の思いを伝えよう、、


giovedì 25 dicembre 2008

SILENZIO DA PAPA  パオロ法王から世界に「沈黙を」

PAPA GIOVANNI PAOLO II の言葉

1990年12月 クリスマスの夜は法王と世界の祈り
Notte di Natale 1990

Papa Giovanni Paolo II dice :
" la guerra è un' avventura senza ritorno "

La guerra è una avventura senza ritorno, è sempre possibile invece individuare la strada del dialogo, della pace e dei diritti inalienabili dei popoli. Sono le severe parole con cui il papa nel suo messaggio di Natale si è rivolto a quanti sono interessati alla crisi del Golfo, primi fra tutti il presidente americano George Bush ed il dittatore iracheno Saddam Hussein
(略)
Giovanni Paolo II rivolgendosi, anche senza nominarli, a George Bush e a Saddam Hussein, si persuadano che la guerra è un' avventura senza ritorno, appellandosi alla ragione, alla pazienza, al dialogo e al rispetto dei diritti inalienabili dei popoli e delle genti. Bandire per sempre il ricorso alle armi ha invocato in sintesi il papa sia per risolvere la crisi del Golfo che per affrontare qualsiasi altra tensione in ogni angolo della Terra e far posto ha sottolineato ancora il pontefice alle strade delle intese e della pace.
(略)
Orazio La Rocca     27 Dicembre 1990 - La Repubblica

(この法王の言葉は日本では子供の時から聞かされている平和論なので特に訳しません。ただ政治家や経済学者等が語る平和論が正しく法王の平和の言葉は軽視するのは公平と思えない)
 
Wojtyla chiede al Mondo " Silenzio "

今日はレアルタイムでもNatale、湾岸戦争前 1990年のクリスマスに ジョヴァンニ パオロ 2世 は世界に向かって「沈黙」を乞うと伝えた、、騒がしい軍亊大国のメデイア太鼓に反対した法王の戦争拒否でもある「NO」として「沈黙を」と、、どんなに世界中の普通の人々、私や貴方が祈ったか  、、でも爆弾は Bagdad に落とされた。

湾岸戦争はブッシュ、サダム、ジョヴァンニ パオロ法王の三つ巴の戦いでもあった。戦争を始めさせない為に法王はあらゆる力をふりしぼっていた。こんな強い王を持つヴァティカン法王庁は暫くぶりなのでは、、昔と違い今は軍隊無し、それでも世界のすみずみ 地の果てまでこの国の現地従業員が真剣にお勤めをしている。

ウオィティワの忠告をもう一度心の中で静かに繰り返す「戦争とはひきかえす事が出来ない冒険である」。ほんとだな〜武器を持って戦いに出て行けば、必ず血の泥沼道を歩き、破壊が待っている、町や家だけでは無い、人々も、特に女子供、そして文明文化、神経や心さえも壊していく、肉体に銃弾を受けナパームの火傷で皮膚がずれ落ちても年月が経てば回復するだろう  、、なのに心に受ける傷は誰もが計算に入れるのを忘れている、その傷は まいた種の実であり、それがさらに報復(別名テロ)と言う新たな攻撃に変身していく、

ぐるぐる と変化無しのどうどう巡り、終わりの見えない 長い長い戦争という いかさま劇。

「人間は考える葦」とパスカルは言った、嘘だったのかな?


" In qualche modo l'umanità attende Dio, la sua vicinanza.
Ma quando arriva il momento, non ha posto per Lui.....Esistono quelli che lo accolgono e così, a cominciare dalla stalla, dall'esterno, cresce silenziosamente la nuova casa, la nuova città, il nuovo mondo. "
( Natale 2008, da Vatican Asianews )



Pace dentro, Pace fuori....



Buon Natale a tutti lettori !!

(パリ市は燃料節約型ライト使用:2008-Avenue des Champs-Elysées)

良いクリスマスを過ごして下さい

giovedì 18 settembre 2008

Mio preferito     お気に入りパーティー

今日は何の日、、リアルタイムは Happy birthday !! どうでもよい
まあ かたい事いわず、お気に入りvideoパーテイーだ、、 
 
おまじない師 MAYA の小人達 も招待 !
 

言い伝えによると この6人は
MAYA INDIANS OF GUATEMALA

ミニミニ マヤの祈祷師は
身の丈1.5cm



( 勝手につけた名前は    Toma, Max, Jack, Edward,
Taro, Roberto )


夜 寝る前に、彼らに悩みや 頼み 心配事を ささやいて、枕の下に入れて寝る.......と.....どうでしょう 翌朝は諸々の心配事はさっぱり消えてなくなります。

このマヤの小人達が持ち去るのだとか、、、おためしあれ〜 

ではパーティーのスタート 

Nanni Moretti

http://www.youtube.com/watch?v=DbJrC3-YZI8

伊の記者が、この法王の葬儀に出席するには役不足のミスでは?に、答えた
日本国代表の女性補佐官の言葉「それは内政干渉、」とつっけんどな態度。

この葬儀で地球上の世界各国に日本は完全に国際外交音痴だと知れ渡ってしまった。それからは何かと無視されても「しかたない国」になっていった、


ジョヴァンニ パオロ2世 ありがとう あんなに世界の攻撃から日本をかばい続けてくれた偉大な法王ウォイティワへ何の感謝もしなかった国、、ごめんなさい、哀しい思い、私の小さいお祈りが届くように。



午前中 Tintoretto に会いに行った、珍しいホント Parisの教会 Saint François Xavier にこの「最後の晩餐」がある、深い色が美しい。ザビエルと言えば、今年ヴァティカンはイエズス会の長は35年日本にいた人を選んだ、これで少し面白くなるかな。法王庁は一つの国、最大輸出項目はカトリック、情報伝達、現場マーケッティングが優秀なのが特徴。私はこの国の前の王様 Giovanni Paolo 2世の大ファンです(無宗教でゴメンナサイ)


王様ありがとう、、     皆さま be Happy !!!!

sabato 31 maggio 2008

NESSUN DORMA   誰も寝てはならぬ

Giacomo Puccini   ( 1858 - 1924 )

Luciano Pavarotti  ( 1935 - 2007 )


TURANDOT   Nessun dorma

Nessun dorma, nessun dorma !

Nessun dorma ! Tu pure, o Principessa,
nella tua fredda stanza
guardi le stelle
che tremano d’amore e di speranza….
Ma il mio mistero è chiuso in me,
il nome mio nessun saprà !

No, no, sulla tua bocca lo dirò,
quando la luce splenderà !
Ed il mio bacio scioglierà il silenzio
che ti fa mia,

Il nome suo nessun saprà….
E noi dovrem, ahimè, morir, morir !

Dilegua, o notte ! Tramontate, stelle !
Tramontate, stelle ! All’alba vincerò !
Vincerò ! Vincerò !

martedì 27 maggio 2008

una candela per scacchiera del mondo   チェス台の炎

このブログは若い冒険ずきなあなたに送るweekly-memo

そんなに遠くない昔、イタリアは遠い小さい島の為にとてもつらい痛い思いを味わいました、もしかして歴史に残らないかもしれない物語。知らずにいるには、あまりにも美しすぎて、悲しいお話ですが、是非 日本の若者に伝えたいメッセージの数々を残しておきます。愛の話にはよくある、直感的な思いもあるかも、でもあなたに語っておきたい、知らせておきたい「ある愛の物語」なのです。



チェス盤の上の炎は誰のため、灯されているのでしょうか ? もしかして  あなたの為では ? あなたは若い、諦めないで、いじめやからかいは台風みたい、必ず過ぎて行く、それよりあなたの知らない処で、 広い世界にきっとあなたを信じて待っている人々が、、いる事を、それまで強く生き残って、、あなたが信じる道を歩きつつ、この沢山の隠れた愛に、、、気がついて早く反応できる様になってくれる事を願って、、


そんなに遠くない将来、私の未来の孫達は言うかも「ねえ、おばあちゃんの時代って人と人がほんとうに殺し合ったんだって!ホント? うわぁ〜やばーんじーん、それじゃ血がでるの?ひゃ〜、それでお母さんやお父さんがふつーの人達の声が強くなる様に戦ったんだ〜(お母さんが横から)「でも血は出ないやつね」ふーん。でも今はアジモが兵隊なんだ、大きいアジモもいるよ、戦争になったら銃なんて使わない、大きい声で喧嘩すればいいんだよ、それがダメならサッカーで決めるんだ。いつもイタリアが勝っちゃうんだけど〜」と、、

mercoledì 2 aprile 2008

SAYONARA PAPA WOJTYLA 愛のさけび

Arrivederci nostro grande amore PAPA GIOVANNI PAOLO II
今日は4月2日、3年前のこの日は私の心の想い人カロル ウオィティワの命日、体調は数日前から弱っていた、ヨハキンナヴァーロ氏の病状発表中は毎日毎日死なないで、、と祈ったが、だめだった 。生きていた時は毎週日曜日には彼の勇気ずける声が木霊したっけ、世界中に「怖がらないで、恐れる事はない!」違う日に「子供達を殺すんじゃない!」雨の後「ほらっお日様はもどるでしょう」別の日「もう戦争は二度とするな!」私のそして世界中の人の心のささえ、数々の彼の声が地球上に鳴り響いたなー。湾岸戦争では彼とサダム対ブッシュ親子そして日本とも、三つ巴の闘争、でもこの物語は又別の日に。寺院の広場に来た人々は赤と白のしまの国旗を背中につけて「パパが好きな色だから」と、、そう彼の母国ポーランドの旗なんだけど、彼が好きで心配しつづけた国の旗にも同じ色が、、多くの人々はその事も承知していた、本当に世界中の沢山の人々が、、でも残念、教皇ヨハネスパウルス2世が愛して守った国の本人達はその事を誰ひとり知らずにいたみたい。あまりにもひどいと世界中から抗議のメールが送信された、官僚は「何故か外務省のHPサーバーに多量のウィルスが送られ故障した」とか。私は無宗教だけどこのジョヴァンニパオロ2世だけは特別な人で大好きです。もしあの葬儀に美智子皇后が出席されていたら最重要の特別待遇でかつ歴史的に深い関係の順序なので世界の貴賓席最前列に列席されたはず。逆に「Giovanni Paolo II の足元にもひざまずく資格の無い男(ブッシュ親子大統領)がいる」とクッション用にクリントン元大統領を連れて葬儀に出席したにもかかわらずメディアから手厳しく批判されていた。いつかローマに寄った時は墓参りにいこうと思っている。もしもあなたがROMAを訪ねたらサンピエトロ寺院の地下にお墓があるのでどうぞお参りを、、このヴァティカン法王の愛を知らずにいたら、なにより心のこり。

PAPA今までの様に天上から我々を守って下さい、法王が愛された国はまだまだあなたの御加護が必要な様です。
              合掌

lunedì 3 marzo 2008

ciao a tutti amici segreti

oggi ho cominciato a scrivere questo quaderno tutto mio...
sono ancora piccola ma so di cosa devo parlare... 
è di un amore molto grande ma molto segreto.... 
non ne ha mai parlato nessuno pero tutti lo sanno.....
......stranamente.
ora iniziamo "c' era una volta un'isola che si chiamava .... "     aspetta, mia mamma mi chiama devo andare, sai che io ho cominciato a leggere anche il giornale, perchè la maestra dice che devo sapere tante cose, la pensi anche tu cosi ? a dopo, ciao.

+ + + + + + +


è passato tanto tempo....

benvenuti e grazie amici !