martedì 7 luglio 2015

BIENNALE di VENEZIA 3   ヴェネツイア・ビエンナーレ

しばらくぶりにヴェネツイアに行ったので、バポレットでジャルディーノに降りてみた。



ヴェネツイア・ビエンナーレ2015年度5月9日→11月22日まで

今年のビエンナーレ会場は多様な種目に別れていました




まず日本館






Chiharu Shiota "the key in the hand"掌の鍵





塩田千春の作品→    https://youtu.be/DV3AwzrQbIo

とてもリアルで行方が謎の船と、人が安全な空間に入る為に使う無数の鍵が、、日本の現実と重なって考えさせられる・・・





アーテイスト公式サイト→ http://www.chiharu-shiota.com/ja/




VIDEOで綴るピーター・グリナウェイのメツセージ


Peter Greenaway→ https://youtu.be/NKRTMKB2ijw




アート史?







各アーティスト達の作品スナップ、、












紙の上の表現にこだわるアーティストが未だいてくれた




giovane artista :  Sarah  Sze  →  https://youtu.be/QPdiYD2Ida8

サラの作品





レンガをヒモでたらしたフーコ風なちょっと気になる作品



サイト→ http://www.sarahsze.com/Exhibitions.html







奇麗なコバルトのハンモッグ・・・・





面白いコンセプト、、サラの繊細な気が漂う、、林の中の静けさ、、















おっ・・・こんな作品作る楽しいノスタルジーがいた、、






未来の日本か?ゾーッと寒気
Christian Boltanski→ https://youtu.be/SfXPn_ZeGpU




いざArsenale






Arsenaleアルセナーレはヴェネツイア旧海軍港、修理、倉庫のある場所
















中国人の作品 「ドラゴン」2匹が・・ちょっと不気味・・
Aesenale   ;   Artista  Cinese








Mosèが隅にポツンと、どうなるか水位が毎年上がる巨大防止装置だが、
スキャンダルになっている、、沈み行くヴェネツイア


昔学び暮らした水の都、何もかも変ってしまった、少し悲しい街に、、


VE

domenica 14 giugno 2015

FENICE a VENEZIA 2     フェニーチェ劇場のオペラ


TEATRO  FENICE に OPERA の " TRAVIATA "を聴きに、午後からの開演なので、お昼は簡単なピッツア、フェニーチェ正面が見えるレストランなので安心、お客さん集まったかな?とチョロ々見ながら、ぱくつきました。盛装する必要なしで気らく。







プログラムは「椿姫」切符は我が家パリ出発前からサイト予約で支払い済み、席のコンファームが来たらそれをプリントアウトした紙を持参で充分。満席でしたが3人並んだ席が希望だったので料金は高めのプラテア、、、いざ〜























 Traviata なんですが Violetta役の Jessica Nuccioさんは巨大おっぱい系のボリュームある声量で圧倒的。   Alfredo役の Piero  Prettiも支障無し、、スイマセン音楽、特にオペラの知識がないのでこんな事しか、書けません。

イタリアで暮らすと大勢の日本人のオペラ歌手志望の方達に会います。

溜ってた事を、ここで告白します、、、こっちは美術系なので何かと「何かが?会わないのですが.... 」まず洋服のセンスが無いに等しい 学生の時は「金魚ちゃん」と悪口、、何でもピラピラヒラヒラ付ければいい、と言うもんじゃない、、色の選択も何じゃこの色、、とか着て来るので、そばにいるのが恥ずかしい、しゃべり方も、大げさで芝居がかった子供じみた表現とジェスチャーでうんざり....  多分イタリア語の練習もオペラ歌詞と重ねて覚えるから、かナ〜?とも思えますが !! ま〜色々ありまして(恨み深し?)

この「椿姫」舞台装置とコスチューム,演出は好きになれませんでした。ヴィオレッタが昔のサローンの文化的な人気者、詩の朗読、絵画批評を述べる、音楽の評価を下す、人物評も含んだ文化評論家であり、花だった時代を、蹴っ飛ばし、高級売娼婦にしたところが、、いまいちネ〜 







幕開きはヴィオレッタがベッドの上でネグリジェの半裸姿で男から札束をプレゼントされたり、ないしは金をどんどん巻き上げるシーンで始まります、、ヒェ〜



フェニーチェ劇場は大火で全焼した過去、あれから再建築し、昔の様に見事に復元。装飾も同じバロック・インペリア風(?)なので(好きではありませんが、、)安心しました。現代で良くここまで再現できる手工芸職人が残っていたものだナ〜と関心しました。







これが貴賓席で、かのシーシー女帝が座った,歴史的なアングルですが、SISSIと言えばイタリアTVで毎年古い彼女の映画をロミー・シュナイダー主演で再放送 ( おかげで何回も見ました) 面白可笑しく作られた映画で、フェニーチェ劇場のシーンは楽しみになりました。オーストリアから独立したいイタリア貴族達の策略(皇帝夫妻を侮辱する為に、招待されてもいかずに、貴族達の代わりに彼らの召使達をフェニーチェに出席させたエピソード)がコミックで傑作です→  https://youtu.be/EZME6w_afOQ


テアトロ・フェニーチェここでヴェルデイのナブッコ" Va pensiero, sull'ali dorate "あの有名な場面「 Oh  mia patria ♬  お〜我が祖国〜♪」と歌い上げ、その瞬間に待ち合わせた様に天井桟敷からバラまいたビラに書いてあったのが「イタリア独立、、」とか、、









さ〜 Traviata   の開幕、開幕で〜すよ〜 灯りが暗くなりま〜す



                                                                                                           
FE

sabato 13 giugno 2015

VACANZA a VENEZIA 1    ヴェネツィアの休日

とうとうヴァカンッア がやってきた、ヴェネッツィアに飛ぼう〜毎度おなじみオレンジ色の、、イージージェットにお世話になり、、







パリの空の曇天から遠く、キオッジャの潟?緑が残るラグーナ








ゆったり、ゆったりカナーレ・グランデCanale Grande大運河を渡る



















ヴェネッツィア風の典型的な家。向こう側に渡るだけ「ゴンドラ渡し」1人2€









          ゴンドラ修理場前を通るゴンドラ


















旧海軍船舶修理基地アルセナーレに中国人アーテイストの作品ドラゴンのインスタレーション







 以前は立ち入り禁止のヴェネッツィア海軍基地、今はカモメのジョナサンが守衛役







かの有名なプロジェクト「MOSE 」の欠片ちらりと見た、膨大な鋼鉄の防波堤を建設計画だが、これでアックア・アルタが防げるのだろうか? この企画にマフィアが絡み、政治家の汚職が混入、すったもんだの事件が起きて、、逮捕者も出て、、問題になっているが、、難問多い、水位問題。


                        


domenica 17 maggio 2015

Jardin du Luxembourg     リュクサンブール公園


太陽が恋しい パリは冬が長く、曇天が多い、、お日様が出ると人々は、、ワラワラそれ〜っと公園に出てくる、、日なたぼっこ に、






そう、こんな状態で〜皆〜んな ただ〜ぼ〜っと金属の椅子に座って






太陽へ キスをねだるように ほほを差し出し、体を肌ける、、それぞれが話しかける、まるで待ちこがれた恋人のように、、ようやく会えた喜び






公園の大樹、緑の枝葉が新たな変換の気力を伝えてくる、、それで、いいんだヨ〜と






たたずむ老人は音楽と安らぐ緑との対話






リュクサンブール公園の一部の芝生は入場許可、寝転んだり、子供がはしゃいだり,楽しい、まあこちらの2人はSMSで忙しそう、、ネットは何を伝えてくるのかナ〜








今日もセーヌは静かに流れている,夜のクルージングを待つレストラン・バトムーシュ








初夏に色々変った花や木に出会う、一瞬ポップアートなみ色の勢いで,ビックリ、、、いったい何と言う名の木なんだろう?








1646年に建造開始のカトリック系、最近に修復が済んだ Saint - Sulpice  サン・スルピース教会(白い部分が修復後のヶ所)中にはドラクロアのフレスコ画 Eugene DELACROIX - lotta di Giacobbe con l'Angelo がある。








サン・スルピース教会前の噴水のあるサン・スルピース広場、大きなアパートでガラス窓のあるアトリエが大女優の家。


さあ散歩は終わり、家に帰ろう、、


☆

lunedì 20 aprile 2015

SAKURA di Paris        パリの桜は今が満開


さあ〜太陽が見えて来た、、ようやく寒いパリにも、、春のコートでお出かけ HANAMI の季節が来た〜

近所の Parc Montsouris モンスリー公園まで散歩がてら桜の花見に行き、何か もこもこ のワイルドな八重桜を見つけました。














パリの近所にある一本桜 いろいろ











モンパルナス・タワーの桜


                                       



モンパルナス駅のわきにある八重桜、小さい並木路


 






 




♬〜 sakura 〜  sakura 〜♫

venerdì 20 marzo 2015

  SATIRA        風刺画


世界には沢山の SATIRA 風刺画を描く風刺画家が活躍している


日本に、もっと政治・社会風刺を描く作家がふえるのを期待

ガンバレ〜 傑作


説明がいらない絵







              二つの国







ohoonoooo  Abe  !!!   mai capitato in Giappone cosi scemo  !!!






by NYT→ Could ISIS Push Japan to Depart From Pacfism? http://nyti.ms/16ChWHW




                  ↑
                  餌
                                                                          ↓











Charlie  Hebdo  チャリーヘブド事件とは? .... パリの風刺作家殺害事件.....
.....しかし友は 誰も問わず 語らず..... ....また私も沈黙.........

          イメージ風刺画一人歩き!!!???






問題のあった風刺画新聞の第二弾を買った、、もうマホメットのパロディは描きません「ゴメンなちゃい」!!!






                                                    説明は要らない画


                                                    NO   COMMENT











☁l☁

lunedì 2 febbraio 2015

SACCO E VANZETTI     サッコとヴァンゼッティ


【人権】とは? ある2人のイタリア男の物語

「俺は、それぞれの家庭に屋根、それぞれの人の口にパン、それぞれの人の心に教育、それぞれの賢さに光、が欲しい」

バルトロメオ・ ヴァンゼッティ





Bartolomeo Vanzetti→ https://www.youtube.com/watch?v=1eBQBrDijrM 

Joan Baez-が歌う↑ Here's to youが聴けます ( la ballata di Sacco e Vanzetti )


映画で見れるバルトロメオ ・ヴァンゼッティ Bartolomeo Vanzetti の重要な語りは当時の米国司法システムへの強烈な批判になり有名 !!

monologhi di Vanzetti →  https://www.youtube.com/watch?v=thdHgBmY6Wg  


サッコとヴァンゼッティSacco e Vanzetti  映画内の1シーンなので解りやすく簡潔にしてある。

ニコラの息子ダンテへの手紙

「ダンテよ自分のためのエゴはやめなさい、虐げられた、弱い人,追われる人、保護や助けが必要な人、他の人の為に動く人、、、この人達がおまえの友達なんだよ」

映画ニコラ サッコ Nicola Sacco→ https://www.youtube.com/watch?v=DPFLbjCCP50 


息子ダンテへの手紙部分 Nicola Sacco
« Sì, Dante mio, essi potranno ben crocifiggere i nostri corpi come già fanno da sette anni: ma essi non potranno mai distruggere le nostre idee, che rimarranno ancora più belle per le future generazioni a venire. »   1927


事件の中でニコラ サッコ Nicola Saccoとバルトロメオ ヴァンゼッティ Bartolomeo Vanzetti の残した言葉集(文章)上記より抜粋文

Citazioni →  http://it.wikiquote.org/wiki/Sacco_e_Vanzetti 


ニコラ・ サッコ Nicola Saccoの息子へ最後の手紙→

« Ricorda, figlio mio, la felicità dei giochi non tenerla tutta per te......possono bruciare i nostri corpi, non possono distruggere le nostre idee. Esse rimangono per i giovani del futuro, per i giovani come te. Ricorda, figlio mio, la felicità dei giochi... non tenerla tutta per te... Cerca di comprendere con umiltà il prossimo, aiuta il debole, aiuta quelli che piangono, aiuta il perseguitato, l'oppresso: loro sono i tuoi migliori amici.   
(dall'ultima lettera per Dante al figlio di Nicola Sacco, 1927)



バルトロメオ・ ヴァンゼッティ Bartolomeo Vanzetti の残した言葉→ 

Questo è ciò che volevo dire. Non augurerei a un cane o a un serpente, alla piú miserevole e sfortunata creatura della terra, ciò che ho avuto a soffrire per colpe che non ho commesso. Ma la mia convinzione è un'altra: che ho sofferto per colpe che ho effettivamente commesso. Sto soffrendo perché sono un radicale, e in effetti io sono un radicale; ho sofferto perché sono un italiano, e in effetti io sono un italiano; ho sofferto di piú per la mia famiglia e per i miei cari che per me stesso; ma sono tanto convinto di essere nel giusto che se voi aveste il potere di ammazzarmi due volte, e per due volte io potessi rinascere, vivrei di nuovo per fare esattamente ciò che ho fatto finora. Ho finito. Grazie 
(discorso di B、Vanzetti  19 aprile 1927, a Dedham, Massachusetts)

同じ文"Io non augurerei a un cane o a un serpente, alla più bassa e disgraziata creatura della Terra — non augurerei a nessuna di queste ciò che ho dovuto soffrire per cose di cui non sono colpevole. Ma la mia convinzione è che ho sofferto per cose di cui sono colpevole. Sto soffrendo perché sono un anarchico, e davvero io sono un anarchico; ho sofferto perché ero un Italiano, e davvero io sono un Italiano [...]"
(dal discorso di Vanzetti del 19 aprile 1927, a Dedham, Massachusetts)


Andrea Onoriが書く→  Il giudice Webster Thayer li definì senza mezze parole due "bastardi anarchici". Ottimo motivo per farli fuori.  

Esattamente 50 anni dopo la loro morte, il 23 agosto 1977 Michael Dukakis, governatore dello Stato del Massachusetts, riconobbe ufficialmente gli errori commessi nel processo e riabilitò completamente la memoria di Sacco e Vanzetti.   


私のまとめ 

ニコラ サッコは今でも北への移民が多いイタリア南部フォジア県Torremaggioreで1891年4月22日に生まれた。1909年に米国に移民。

バルトロメオ・ ヴァンゼッティは北部のトリノのそばクネオのVillafallettoで1888年6月11日に生まれた。1908年に米国に移民。クネオ人は頑固で口が堅く、戦争中レジスタンスに活躍した人が多い地方で諜報機関では有名。

VanzettiとSacco 彼らが訴え論争し抗議した人権思想は、ヒューマニズム + カトリックの教え実際サッコの遺言はイエスの遺言の様で非常にイタリア人的です。そして ヴァンゼッティは読書家で読んだ本のリストはマルクスからダーヴィン、ユーゴ、トルストイ、ゾラ、ダンテ等の社会論と社会主義革新思想の混合理念的です。実生活では勤務会社でストを決行し、後で誰からも雇ってもらえなくなりました。

建国以来の人への扱いが醜く冷たい差別意識の強い時代の米国で、イタリアから移民の2人の男(靴作りと魚屋)が米国警察と司法の殺人捏造事件にアナキー思想家と決めつけられ巻き込まれた事件ですが。無実でありながら死刑に成り、違法、無実を訴え続け、人間的な生き方=人権を求め反抗し、抗議した彼らの理想を追う姿は米国人にも影響、同調者が多く集まりました。
これを知った、当時の先進国際社会フランス人、ドイツ人、英国人等の知識人達は非常に感動し,影響を受けました。ムッソリーニも救済嘆願書を書き、同時代人アインシュタイン,バナードショウ、(私もファンな)ドスパソス達が2人を支援し抗議しました。サッコとヴァンゼッティの思想倫理はすべての人が持つ基本的な人間性を訴えている点で、反政府主義アナーキー、ラディカル革新派と決めつけるよりは、今で言う【人権】擁護運動家に近く、この方向の思想に繋がったと考えます、、、

今、現在【人権】人権と騒ぎ戦争まで引き起こしそうな米国は、何処の国より一番【人権】を無視した方法で建国した国であり、その非人間的で【人権】無視な歴史を歩いて来ています、何か皮肉な話なのですが、、

最後に

Quando le sue ossa, signor Thayer, 
non saranno che polvere, 
e i vostri nomi, le vostre istituzioni,
 non saranno che il ricordo di un passato maledetto,
 il suo nome – il nome di Nicola Sacco –
sarà ancora vivo nel cuore della gente. 

Noi dobbiamo ringraziarvi. 
Senza di voi saremmo morti come due poveri sfruttati :  
un buon calzolaio, un bravo pescivendolo... 
E mai, in tutta la nostra vita, 
avremmo potuto sperare di fare tanto in favore della tolleranza, 
della giustizia, della comprensione fra gli uomini...

(le ultime parole di Bartolomeo Vanzetti in tribunale.)

完