domenica 12 giugno 2011

WEEKEND PARIS パリの週末

ORTIGIA  TO  PARIS


暑いシチリアから又涼しいパリの家に帰った、うひゃー何と寒いくらい、あわくってレインコートを取り出してぶつぶつ「パリに夏はこないのか〜?」



ウイークエンドに用事でバスティーユ広場の方に出かけ、地下鉄から駅の階段を上がって外に出てきたら、、何と、、うおっ、、、びっくり、、、これって、、、






何千か何万か?バイク好きの人達の集合だ !! あるとは聞いてはいたが、これほどすごいとは、予想外 !!! 日本の暴走族がとうとうパリまで押し寄せたか !!? いや違う、よく見るとここの地元のあんちゃん、おっちゃんやおじいちゃん又は元気いっぱいお嬢ちゃん、威勢のいい姉さんとおばはん連だ、、






この右の写真の人(少し銀髪のバイカー)ヘルメット取ったら女性だったのでびっくり、それも結構なお歳で、、オペラバスティーユの前、、いいですね〜 楽しんでる〜 そー言えば田舎に住む友達のおばさん、旦那と一緒に夫婦でウイークエンドにバイクそれも大型を飛ばすのがいたな〜 勿論持っていたバイクは日本製。








バイクも段々にカラートーンの変化が、これからは蛍光色も出て来るな〜 バイク仲間にはポリスも大勢いるので、仲間同士で連絡取り合っていたりする、パレードに出るグループと仕事がら見張る組と。オッよくよく見ると日本製が多勢、、各人、鈴木氏、ヤマハ氏、川崎氏、本田氏等いるいる皆出揃って、おみごと、、日本元気 !! 

私(日本人)を見つけたバイカーが前を通りすがりにブファーと挨拶してくれたのでお礼に手をふった、ふふふ、、





ここでフッと気がついた事があった、日本に昔いた暴走族との大きな違い。それはヴァーヴァーと耳をつんざく様にうるさくふかさない事。何千いや何万とバイクがあるのに広場はシーンと静かなのだ。それぞれ気の合うグループで来て集まり、ポリスが大きなグループ毎に区切って出発させる。静かに一緒に楽しそうに走っていく、ただそれだけ。勿論通り過ぎる時に地鳴りの様な音はするが、そばに住む住民が文句をつけるデシベルではない、これは見事でした。

これがほほ笑ましいパリのウィークエンドの恒例エヴェントの一つ。このバイクの他にローラーブレードで集合して大勢で走るエヴェントも若者に人気がある。ただ皆で集まって走るだけなんだが、何千いや何万人といるので?これも見応えある。

パリが楽しい生活が出来るのは、ただつまり無料のエヴェントが沢山ある事、お金が無くても充分楽しめる工夫がなされている。税金は確かに高いのだけど、払いがいがあるので我慢しやすい。

これってきっと大切な事に違いない、


日本、東京はお金がある人は楽しめるが無い人はダメ、だから本来本人自身は金があっても何かの事情でその時お金がない場合、元金貯めて住宅ローンを申請直前とか、又は旅行中の人、外国人にも辛い都市がほとんど、もっとパリみたいに無料で楽しめるエヴェントの工夫が増えるといいな。

lunedì 30 maggio 2011

TEATRO GRECO ギリシア悲劇

TEATRO  GRECO  di   S I R A C U S A


Tragedia  Greca  FILOTTETE  di  SOFOCLE
(ソフォクレス作 ピロクテテス)


シラクサの親友 Teresa の招待で ギリシア悲劇を鑑賞。紀元前409年 Sofocleの" Filottete " を当時の人達が座った同じ石跡の上に板がはられ クッションが置いてある席で聴く。







夕方7時頃の開始、空はまだ明るいが物語が進むうちにすこしづつ夕陽が迫って来る






火あり煙あり、海や船も出る。上は岩戸から閃光と共に Eracle (ヘラクレス)のお出まし、、






フィナーレの頃には暗い深い夜に、、だんだん涼しく肌寒いくらい


イタリア語版ギリシア悲劇「Filottete」の簡単なあらすじ


抵抗するトロイを滅ぼす唯一に残った方法はEracleから授かった魔法の弓。孤島で独り魔弓を守る老戦士Filotteteから弓を奪う工夫があれこれ張り巡らされる。Filotteteは Lemno 島に島流しにあい、この無人島の洞窟で暮らしているが毒蛇にかまれ、負傷が激しく瀕死に近い状態。この往年の戦士Filotteteをあの手この手で騙し弓を手に入れる事を若きNeottolemo ( ネオプトレモスはAchille アキレウスの息子 ) に指示する狡猾な Odisseo 。悩んだ末に病んだ老戦士に正義感を見出して共鳴し孤島から助け出すNeottolemo。 この3人の心理格闘劇。


2000年以上前に上演されたギリシア悲劇を紀元前の人達と同じ石の上に座る、もう既にこれで不思議な感動が走る。私の思いは遠い国に起きた東日本大震災と原発事故の事でそうとう陰鬱になっていた、、劇が進むうちに今から2千年後の日本を想像してみる、どうなっていくのだろうか、と、、

紀元前から2011年まで積み重ねた日本史はそれなりに美しかった、この年の3月11日から日本の歴史は全く人の道からずれ始めるのだろうか? それとも生きた人間がいる国として正常な道を選ぶのだろうか? 大きな歴史の転換期に日本が遭遇している、ひしひしとそれが伝わってくる、心の中でギリシア古代と遠い東洋のはずれの国とが交差し始め、、このギリシア悲劇の老戦士も最後に孤島から救い出されて故郷に帰る船に乗り助かる、どうか日本も助かって欲しいと必死で祈りフィナーレを見つつ涙がぽろぽろ、劇が終わった瞬間、夢中で拍手していた、、テレーザが不思議そうに私の顔を覗き込んできた。


このギリシア悲劇ピロクテテスの最後、ヘラクレスの語りは、、「苦悩に満ちたけわしい運命は、苦しみぬいた生涯のはてを、栄えあるものとするために、神が与えた賜物だ」

sabato 14 maggio 2011

POTERE OSCURO 闇の権力マフィア


マフィアとは?  闇の権力とは?



よく聞かれる事に「マフィアって、そんなにすごいの?」まあハリウッド映画の見過ぎがあるかも、、簡単に言葉では言い現せないが、、イメージとしてはこんな物


美しい海とヨットの見える公園 子供と大人の憩いの散歩道 どこでもある海のヨットハーバー風景







ある日突然 出現し始めた超大型コンクリートの壁、海は見えなくなる









これがマフィアの姿です。人々の幸せな空間など何とも感じない、だだ目的はお金と言うか国からふんだくる建設資金が目当、醜悪なコンクリート塊で遮断された美しい海の紺碧、太陽がコンクリートの隙間からのぞいて







これがマフィアのやる事です、、そこでシラクサ市民は毎日代わりばんこにこの岸壁にきて工事が進行しない様に見張りをしていました。そうこうしてる内に私も朝市の帰りにちょくちょく寄りましたが、ある日地方TVや新聞にこのコンクリート塊を建設許可した政治家や役人が調査され逮捕されるかもとニュースが流れた後でした。私がオルテイジャ暮らしを初めて3年目にようやく取り除かれ昔の姿に戻りました。コンクリート塊が無かった古い風景を知らない私はあまりの美しさにあっけにとられました、そうかこの憩いと癒しの空間、小さい子供や老人そして若い恋人達が楽しむ、全ての市民からこの美しい空間を取り上げたのがマフィアなんだ、、 と、しっかり理解出来ました。





美しい昔に戻った海岸公園散歩道


これが暗黒の権力と言うシンボルです、幸せな心を醜く遮断して平気な傲慢で金銭欲に取り憑かれたコンクリート塊


何処かの国にも最近こんな状況があったような、、どす黒い権力とはこういう物、、

sabato 7 maggio 2011

COMMENTO NUCLEARE 2 コメント- 原発


コメント



あるニューストピックスに私が投稿した福島原発コメントのコピペです。


日本の原発を検討する時は必ず地震や津波等とパラレルに討論 する必要があります、でないと経済問題のみがからむ討論になり片手落ちになりがちです

福島原発事件後にパリで近所に住む老人達80歳以上と話し、誰も肌 で「地震は経験した事がない」或は仏人の負けず嫌いで「私は小さい頃で覚えてないわ」がほとんど。フランスは地層にプレートが走っていないので地震は皆無に近い国です。ですから福島原発人災後にフランスの原発近辺に暮らす人々へのTVインタビューでも「全く怖くない」半面フランス国の意向も含んだニュース が流れています。

ドイツは反省中で新エネルギー探索が最も進んだ国なのでこの先は全原発廃棄に切り替えが現実の独国民メンタリテイーです。

フランスの陽気 ないとこと呼ばれているイタリアは地震大国日本の子分みたいに小地震があり、北はUdineから南部 NapoliにはVesuvio火山がいまだにモコモコ煙をはいてます。近くのPompeiと言う文化の進んだ街はこの山の噴火と大地震で全滅した歴史 (2000年位前)があり、更に南のSiciliaには噴火山EtnaやStromboliが噴火と大地震をしょちゅう引き起こしています。最近では L'Aquilaの街が地震で崩壊した為サミットが現場で開催されました。

チェルノビル直後にイタリアは原発を放棄しましたが、伊国民に馬鹿にされている 現首相が隠れて強引に再開させようとしているので、全国民が原発反対で戦っています。彼らの合い言葉ではありませんが環境地質学者のMario Tozzi(マリオ トッツイ)がTVで「あの高速列車を正確に走らせる日本が福島原発をもてあましているのに、我が国は維持出来るはずがない」と語り、 この一言はイタリア国民を完全に反原発にさせるのに大きな後押しになりました。

イタリアは歴史上で大地震を体験しています(耐震建築はイマイチですが)人 間中心の社会なので反原発メンタリテイーは自然に発生し、そして市民の社会参加が強いので原発は将来もイタリアでは実現しないでしょう。
今地震地域のシチ リア島シラクサに居ますが『日本には原発54其ある」と言うと『何そんなにあるのか?」と初めてイタリア人から馬鹿にされた感じを受け取りました。

こんな イタリアの現状を見るのも今の日本には大切なのではと思えます。

日本がその知恵で全原発廃炉の道を選ばない場合は国際機関が地震国には原発禁止の法を考え るでしょう。日本がこの先そんな規制を受ける前に自身でもっと賢く動いてくれたら、と願ってます。長くなりすいません。


投稿者 italianoizumi : 2011年05月07日 19:02

giovedì 28 aprile 2011

NIPPON GANBATTE 日本がんばって

GANBARE  NIPPON


私が今暮らしているシラクサから32kmにあるNOTOと言う人口2万4千の小さい村にドライブにいった、バロック様式、リベルティー様式のバルコニーアートで有名な村。


Arte Balcone di NOTO
















しかし、村の広場には、、そこで見たのはじゃーん  !!! この彫刻。 








(東日本大震災のニュースは深く長くイタリア人の心中に伝わっています、インスタレーションのあった時に彫刻家Paolo Torriが彫ったのだそうです。私が答えるのもおかしいけど、日本の人が誰も見てないといけないので、代わりに、、、) 


ありがとう !!!

 

sabato 23 aprile 2011

COMMENTO NUCLEARE 1  東日本震災&原発コメント

2011年4月23日のコメント


ある日本のオンライン ニュースサイト論評に私が投稿した「東日本大震災、原発事故」コメントです。


確かにこの大震災と原発人災を乗り越えるには長期な大変革が起きるべきでしょう、乗り切るには何が障害かは言わずも国民は感ずいている様。

ただ自由民権運動 やそれなりの大正デモクラシー時期はありましたが、本当の市民大革命は日本には起きない風潮があり、これがやっかいな状況にしていきます。

世界に津波をお こしたフランス革命もさして日本に影響したと思えません。

さて、どうするか?

戦後体制の腐敗政治家を一掃して有能な政治家を登用するシステム導入でしょう か?

国民主体のメデイアの新構築か?

外交官システムをやめて現地に強い情報官を配置
するとか?

今大震災と原発人災により日本は広範囲で細部にわたる大改革が必要な時代に突入した事は確かです。

既存のメデイアがそれをどこまで国民に知らせるか
がポイントになるかも?

又は今までの様に国民は二の次で お国に奉公で知らん顔するのかな?


たった1つでも良い、今からでも遅くない、既にある大メディアが国民の「味方」「目線」「代弁者」になってイデオロギー や利権側に媚びない、あるべき事実を報道してくれれば、、


日本人は昔から新聞を読む民であったし、これからも読み続けるでしょう。


まず第一歩は勇気ある日本メディアの自覚を期待します。
​​


投​稿​者​ i​t​a​l​i​a​n​o​i​z​u​m​i ​:​ ​2​0​1​1​年​0​4​月​2​3​日​ ​2​2​:​4​1​ ​ ​ ​



このブログを書くきっかけになったベースとして、何故日本は世界の情報が入手出来ないのか? 何故世界で起きている事に無関心なのか? 何故世界のリアル現実社会の姿を何も知らないのか?

これは長い年月何故か?と疑問に思っていた事が、幸いこの大震災と原発人災で数多く浮上してきました。日本の情報管理メデイアのシステム問題、東日本大震災の日3月11日より大メデイアが何故こんなに偏っていたのかがはっきり判明しました。

日本メデイアを腐らせている仲間内の「記者クラブ、番記者」システム、これでは日本に本格的ジャーナリスムの存在も、又調査分析の情報入手もむりでしょう。

外人記者クラブは良く知ってましたが国内でこの日本のジャーナリストクラブが現実社会でリアルにこんなに規制稼働してるとは、改めて驚きでした。



New York Timesサイトにあった大震災フォトこの中の191番目の少女の姿(La Ragazza di Natori)が他のニュースタイトル(EURONEWS)にも使われて世界を回る。




domenica 17 aprile 2011

PARIS TO ORTIGIA 再びパリからオルティジャへ

またまた パリ からカターニャ空港へ飛びオルティジャの家に移動だ〜



フランスの大地や畑はよく整理されて美しい,菜の花の黄色が際立って







今回は晴天でフランス アルプスがはっきり見えた飛行でした







アルプスを過ぎると一面海ばかりでイタリア領に入ったと気がつきます、下にエルバ島に良く似た小島が、、






さあ オルテイジャ島暮らし 太陽と地中海の空気を胸いっぱい、、

がんばろう〜